第四章 心とは何か - 神話の終焉そして創造へ

第3部 心の未来 (3)

■ 法則の破れ

因果律が一分の隙もないほどに完璧なものであるのかどうか。それは答えがどちらであったにせよ、証明することはきわめて困難だ。ただ、何らかのほころびがある可能性も、それがもし存在するとしたら見つかるであろうと思しき範囲を絞り込める程度には、現代の科学知識も迫ってきている。

物理の話に触れるので少し難解な点があるかもしれないが、細部にわたって理解しようとする必要はない。本章第一部で紹介した様々な病状のように、一考に値する事実があることを知ってもらえればと思う。


冒頭でも名前を出したアインシュタインは、運命決定論的な世界観の支持を表明するものとして「神はサイコロを振らない」と主張した。だが最新科学のひとつである量子論が描く極小の世界においては、どうやら「神はサイコロを振っている」と解釈できるような現象が見つかっている。それはつまり、現状ではその現象の因果関係が不明で、予測が困難なのか本質的に予測不可能と思しき、ランダムな現象があるということだ。

それゆえここで問題にしてきた自由意志が現時点でも成立できる逃げ道として、量子の振る舞いが起因して自由意志が発動する可能性に助け舟を求める思想も現れた。だがミクロ世界の振る舞いはそのままマクロ世界には当てはまらない。

塵も積もれば山となるとは言うが、確率的振る舞いでは足し算にはならず、あるべき値に収束してゆくだけなのである。例えばサイコロならば、それを振る回数が増えれば増えるほど、それぞれの目が出た割合は、1/6の値に限りなく近づいてゆく。それがエントロピー増大の法則として知られるこの世界の理だ。無作為なランダムさでは創造は無理なのだ。

したがって、決定論を否定するものとして量子論や確率論を持ち出す思想は、少々短絡的である。複雑系科学もまた然り。それは単純なルールから複雑な結果が生じることを述べているのであって、決定論とは相反しないものだ。

そしてまた、量子論の世界に見られる一見ランダムな振る舞いも、その裏には厳密な因果律が働いている可能性もある。我々が現実に目にするサイコロの振る舞いが決してランダムではないことと同じなのかもしれない。(サイコロの目は投げる力加減の微妙な違いがあるために、結果の予測できない動きをしているだけである。だから訓練すればサイコロの目を操ることもできてしまう。)

逆もまた真なり。我々はいまだ、本当にランダムと言えるものを人為的に作る事ができていないのだ。プログラム言語にはランダム関数というものが用意されているが、それら全て擬似乱数と呼ばれるものを作ってランダムに見せかけているだけなのである。


因果律を破る事がどれほど難しいことか、それがこういうところにも現れているわけだ。

それは喩えるならば、タイムマシンを作る事にも匹敵する困難さだと言ってもいい。

ただ、物理学者の中にはタイムマシンでさえも理論上では製作可能だと言う者も居る。これさえあればあらゆる物理法則が破綻しかねないほどの代物であるというのに実に頼もしい。これは今後どうなるかが楽しみである。


やや難しい話となってきたが、あとほんの少しだけ続けよう。

この世界の根源に関わる話をしておこうと思う。私たちが存在することの不可思議と、この世界自体が存在することの不可思議はさほど違わない問題だ。


第一章において少しだけ話をしたが、この世界は基本的に不安定なものである。だからこそと言うべきか、あらゆる存在は「より安定した状態」を目指すようにして流転する。

この安定を目指す存在である世界が、なぜ不安定になったのか。宇宙はビッグバンによって始まったとされるが、これがそもそも不思議な点だ。何のきっかけでそうなったのか。それ以前はどうなっていたか。これが一番大きな規模の謎めいた問題だ。ビッグバンが起きた理由がわからないからには、明日また起きないとも限らない。

そして安定という観点からして、この宇宙において「物質」が存在できたこともまたひとつの謎なのである。

反物質」というのを聞いた事があるだろうか。電荷にプラスとマイナスがあるように、あらゆる存在にはそれと対をなすようにして、反対属性を持つ何かが存在するというのが物理学上の見解で、物質と反対の属性を持つのが反物質だ。これはどこか陰陽思想にも通ずるところがあるが、この物理学の理論上では、プラスとマイナスが合わさった時に物質の属性が安定するように、「物質」と「反物質」が合わさった時には「対消滅」を起こして字の如く消滅するとされている。

サハロフという学者はこの説に基づいてひとつの疑問を持った。この世界において物質と反物質が同数ではなく、物質の数が優位だったからこそこの世界には物質が存在している。ではこの物質優位の世界が作られる為には何が必要か?

そしてサハロフは3つの条件を考えた。(1)物質・反物質間の対称性(CP不変性)が破れていること、(2)重粒子数(バリオン数)が破れていること、(3)熱平衡からのずれがあること。

これらを併せて「サハロフの3条件」と呼ばれている。

難しい話になるので細かな解説は差し控えるが、ここに登場する「対称性の破れ」というものが曲者だ。因果律を狂わせる可能性がこの辺りに臭う。

また「反物質」というのは驚くべきことに、時間の向きが逆になっていると想定されている存在なのだ。ようするに「未来」から「過去」に向かって時間の矢が設定されているのである。なんとも奇妙な話だが、計算上はそのように解釈するとつじつまが合うという事で、そのように理論化されているわけだ。「予言のパラドクス」と絡めて考えてみても興味深い。


難しい話はここまでにしよう。


大雑把な話しかしていないが、それでも、物理学の世界の端々にも脳研究に負けず劣らず実に奇妙な事実が転がっていることが少し見えたかと思う。我々の知識体系はまだまだ不完全であり、この先にもパラダイムシフト(考え方の根本的な変化)が起きる可能性もある。

ただこれらは基本的にはミクロ世界の話であって、マクロ世界では古典的でシンプルなニュートン物理学によって殆どの事象の説明は事足りる。そして人間を説明するのにもマクロ的な見方だけで事足りてしまうのが現実だ。しかし、今後の可能性を考えるのであれば、そうではない現実を作ることが出来るようになる可能性はある


何らかの方法でもって、ミクロ世界に生じた歪みの位相を揃えて拡大する事が出来るのであれば、このマクロ世界においても法則の歪みを作り出し、コントロールすることが可能となるはずだ。

それで世界の運命の歯車はこれまでとは異なる動きを見せるだろう。

そこに我々自身の未来を切り開く可能性を見出せる。





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